前回の記事では、中東~北アフリカのアンダーグランド・ミュージック配信サイト&アプリ「Mideast Tunes」に関してリサーチしました。今回は日本ではあまり知られていないイランの音楽シーン、特にヒップホップ関連について掘り下げてみたいと思います。
イラン音楽シーンの背景にある社会情勢
イラン音楽について知る前に、イランという国の状況について少し知る必要があります。西アジアに位置するイランの正式名称はイラン・イスラム共和国。国名の通り、イスラム教を国教としており、国民のほとんどがムスリムで、それ以外の宗教を信仰する人たちが人口の2%程度います。
イスラム教国としての歴史が長いため、古い時代に関しては割愛しますが、1979年に起きたイラン・イスラーム革命によって、現在のイラン・イスラーム共和国が誕生しました。この革命以前はアメリカとの関係も良好でしたが、革命後に反米路線に進んだイランでは、西欧文化に対する規制が始まりました。
革命後のイランでは、伝統的なイスラームに基づく社会改革が行われ、女性のヒジャブ着用が義務化、性的マイノリティへの弾圧の他、音楽演奏などにも厳しい規制が始まりました。ロックやポップミュージックは禁止、無許可で演奏すると逮捕、女性が公の場で単独で歌うのは禁止、アルバム発売には許可が必要などなど、アーティストにとって不自由な社会的状況がありました。
※参考ニュース
・米ヒット曲に合わせて踊る動画を投稿、イランで若者6人逮捕
・イランのデスメタルバンド “悪魔の音楽”を演奏した罪で逮捕 懲役15年求刑
・デモをめぐり逮捕されたイランのラッパー、死刑の危機
イランのヒップホップシーン
「Mideast Tunes」でイランのヒップホップを検索すると、195のアーティストが見つかります。「Mideast Tunes」に登録されているアーティスト数は2,400ちょっとですが、イラン以外の中東~北アフリカのアーティストたちも多数登録しているはずなので、この割合の高さは気になります。
イランってそんなにヒップホップが人気なの!?と思い調べてみてるのですが、そもそも中東音楽に関する日本語サイトは数が少なくて苦戦。そもそもロックやヘビメタなどにもリスクがあるイランで、政治的な反政府メッセージを歌うヒップホップが合法なのか? Academic Acceletorで見つかった情報を要約してみます。
イランでのヒップホップは1990年代後半に誕生。アメリカのヒップホップの影響を受けたイラン人がペルシャ語に翻訳し、ネット上に公開した後、彼らは自分たち自身で歌詞を書き始める。ヒップホップ文化は、イランの伝統的なイスラム教の習慣に反抗しており、イランではラップが違法。ラッパーは通常、イランで演奏する許可を得ることができない。逮捕のリスクがあるので海外へ移住するラッパーが多い。
イランでは2003年頃に「RapFa」「Bia2Rap」というラップ音楽サイトが作られています。「RapFa」はサイト上で音源を聴いたり、歌詞を読むことができます。歌詞はペルシャ語ですが、google翻訳を活用すれば、ある程度理解可能。「Bia2Rap」では曲をダウンロードすることができます。
映画で観る、イランのアンダーグランド音楽事情
政治的、社会的な状況の変化に伴い、イラン政府による音楽規制も若干緩和されてきているようですが、実際のところどうなのかに関する情報を見つけるのは難しいのが現状。ここ数年間に関してはリサーチ途中ですが、2016年までに公開されているドキュメンタリー映画があるので、ご紹介します。
■ペルシャ猫を誰も知らない/2009年
イランを離れて、ロンドンで公演しようと夢見るミュージシャンが、パスポートやビザ取得など、厄介な出来事に遭遇しながらも、進んでいく姿。バフマン・ゴバディ監督自身も無許可の撮影を敢行し、逮捕と保釈を繰り返しながら完成させたドキュメンタリー映画です。イランの若者たちのユーモアや逞しさ、ロック、ブルース、ラップなど、イランのアンダーグラウンド音楽の幅広さも興味深い。
■ソニータ/2015年
アフガニスタンからイランに逃れてきた難民少女、ソニータの夢はラッパーになること。しかし、彼女の家族は16歳になったソニータを見ず知らずの男性に嫁がせようとします。女性が公共の場で歌うことが許されないイランで、夢を叶えるために彼女が取った行動が運命を変え、奇跡を引き寄せていくことに。国や宗教などを越えて、「自分らしく生きる」ということについて考えさせられ、勇気をもらえる作品です。
■Raving Iran/2016年
イランの首都テヘランで活動するふたりのテクノDJ。イラン政府による規制をくぐりぬけながら、パーティを開催したり、テクノ音楽を制作しようとする彼らの姿が描かれたドキュメンタリー映画です。彼らは強制捜査や逮捕の後、海外への亡命を決意します。日本未公開、予告編は英語訳。
今回はイランのアンダーグランド音楽を中心に調べてみましたが、今後も中東、北アフリカ、東南アジアなど、イスラーム世界の音楽情報を随時更新予定です。ワールドミュージックに詳しい方からの情報などもお待ちしております!